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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)8248号 判決

原告 河聖根

右訴訟代理人弁護士 富永義博

被告 高千穂株式会社

右代表者代表取締役 中田長夫

〈ほか二名〉

右三名訴訟代理人弁護士 渡辺幸吉

主文

一  被告高千穂株式会社は、原告に対し、別紙物件目録記載(三)の建物の一階から退去して同目録記載(一)の土地を明け渡せ。

二  被告株式会社糧友社は、原告に対し、別紙物件目録記載(三)の建物の二階から退去して同目録記載(一)の土地を明け渡せ。

三  被告中田長夫は、原告に対し、別紙物件目録記載(三)の建物を収去して同目録記載(一)の土地を明け渡せ。

四  原告のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、これを三分して、その二を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

一  被告高千穂株式会社は、原告に対し、別紙物件目録記載(一)の土地を、その地上にある同目録記載(三)の建物の一階から退去して明け渡し、かつ、同目録記載(二)の建物部分を明け渡せ。

二  被告株式会社糧友社は、原告に対し、別紙物件目録記載(一)の土地を同目録記載(三)の建物の二階から退去して明け渡せ。

三  被告中田長夫は、原告に対し、別紙物件目録記載(一)の土地を、同目録記載(三)の建物を収去して明け渡せ。

四  被告中田長夫は、原告に対し、別紙物件目録記載(二)の建物部分を明け渡し、かつ、昭和四一年一〇月一日から右明渡ずみに至るまで、一か月金一五、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

五  訴訟費用は被告らの負担とする。

六  仮執行の宣言

(被告ら)

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

(請求原因)

一  別紙物件目録記載(一)の土地(以下、本件土地という。)を含む宅地四二・二四平方メートル及び同目録記載(二)の建物部分(以下、本件建物(二)という。)を含む建物一棟は、原告が昭和四一年八月三〇日訴外森谷テルよりこれを譲り受けていずれもその所有権を取得したものである。

二  被告中田長夫は、原告所有の本件土地上に、別紙目録記載(三)の建物(以下、本件建物(三)という。)を建築所有して、本件土地を占拠している。

三  被告高千穂株式会社は本件建物(三)の一階を、被告株式会社糧友社は本件建物(三)の二階を、それぞれ占有使用して、本件土地を占拠している。

四  原告の前主である森谷テルは、さきに、昭和三七年四月九日、本件建物(二)を、被告中田長夫に対して賃料一か月金一五、〇〇〇円で期間の定めなく賃貸していたが、原告は、前記の如く、昭和四一年八月三〇日、本件建物(二)を森谷テルから譲り受けたので、その賃貸人たる地位を承継した。

五  ところが、被告中田長夫は、昭和四一年一〇月一日、原告に無断で本件建物(二)を被告高千穂株式会社に転貸したので、原告は本件訴状の送達(昭和四二年八月二三日)をもって本件建物(二)の賃貸借契約を解除する。

六  仮に、右契約解除の主張が認められないとしても、次の如き信義則違背ないし信頼関係の破壊を理由として、本件訴状の送達をもって右賃貸借契約を解除する。すなわち、

(一)被告中田長夫は、本件建物(二)の敷地の一部をなす原告所有の本件土地に勝手に建築した本件建物(三)を被告高千穂株式会社及び被告株式会社糧友社に占有使用させている。原告は、被告中田長夫に対し、再三、本件建物(三)の収去及び本件土地の明渡を要求してきたが、同被告は現在に至るも言を左右にして収去をしないでいる。

(二)また、被告中田長夫は、昭和四一年一〇月一日以降賃料の支払をなさず、その供託をしたのも半年ないし一年近く時期に遅れている始末である。

(三)右の如き被告中田長夫の信義則に反する態度は、原告と同被告との間における本件建物(二)の賃貸借関係を破壊するものであって、このさき、右契約を継続していくことはできない。

よって、原告は、請求の趣旨一ないし四の請求をする次第である。

(請求原因に対する被告らの答弁)

請求原因一ないし三の各事実を認める。同四の事実を認める(但し、賃料一か月金一五、〇〇〇円は、本件建物(二)の家賃のみならず、本件土地の地代をも含むものである。)。同五の事実中無断転貸の点は否認する。同六の信義則違背ないし信頼関係破壊の事実は、否認する(もっとも、同六の(一)中本件建物(三)を被告高千穂株式会社及び被告株式会社糧友社に占有使用させている点及び原告から本件土地明渡の要求のあった点は認める。)。

(被告らの抗弁)

一  被告中田長夫は、昭和三七年四月九日、原告の前主である森谷テルから本件建物(二)を賃借した際、本件土地をもあわせて賃借し、賃料は本件建物(二)の家賃と本件土地の地代とを含めて一か月金一五、〇〇〇円の約であった。かくて、被告中田長夫は本件建物(三)を本件土地上に建築所有し、被告高千穂株式会社は本件建物(三)の一階を、また、被告株式会社糧友社は本件建物(三)の二階をそれぞれ被告中田長夫から賃借しているものである。

二  被告中田長夫は、原告による本件建物(二)及び本件土地の所有権取得後、原告に対し、森谷テルとの間の前記契約関係の承認と賃料の受領を求めたところ、拒否されたので、やむなく、昭和四一年一〇月から昭和四二年三月までの分の賃料を昭和四二年四月八日に、また、昭和四二年四月から同年一二月までの分の賃料を昭和四二年一二月一三日にそれぞれ弁済供託した。

(被告らの抗弁に対する原告の答弁)

一 被告らの抗弁一の事実中森谷テルが本件建物(二)を被告中田長夫に賃貸した点、被告中田長夫が本件土地上に本件建物(三)を建築所有している点、被告高千穂株式会社及び被告株式会社糧友社が本件建物(三)の一階及び二階をそれぞれ占有している点は認めるが、その余の点は否認する。

二 同二の事実については、森谷テルは本件建物(二)を被告中田長夫に賃貸したのであり、本件土地を賃貸した事実はない。

第三証拠≪省略≫

理由

一  まず、土地所有権に基く建物収去退去土地明渡の請求について判断する。

(一)  本件土地を含む東京都港区芝七軒町一番地九、宅地四二・二四平方メートル及び本件建物(二)を含む同所同番地所在、家屋番号一番九の一、木造亜鉛メッキ鋼板瓦交葺二階建店舗兼居宅一棟、床面積一階二九・七四平方メートル・二階二九・七四平方メートルは、昭和四一年八月三〇日原告がこれを訴外森谷テルから譲り受けていずれもその所有権を取得したこと、被告中田長夫は本件建物(三)を所有していることによって、また、被告高千穂株式会社は本件建物(三)の一階を占有使用していることによって、また、被告株式会社糧友社は本件建物(三)の二階を占有使用していることによって、それぞれ、本件土地を占有していることは、いずれも当事者間に争いがない。

(二)  そこで、被告らの抗弁について判断するに、被告らは、「被告中田長夫は、昭和三七年四月九日、原告の前主である森谷テルから本件土地を賃借したものである。」と主張し、≪証拠省略≫中には被告らの右主張にそうが如き部分があるが、後記の如き事情に徴し、にわかに措信することができない。≪証拠判断省略≫

してみれば、本件土地につき、賃貸借成立の事実の存在を前提とする被告らの抗弁は採用するに由がなく、他に、原告に対抗し得べき本件土地の占有権原について何らの主張立証もない本件にあっては、その余の点について判断するまでもなく、被告らは不法に本件土地を占有しているものというのほかはない。

(三)  従って、被告中田長夫は本件建物(三)を収去して、また、被告高千穂株式会社は本件建物(三)の一階から退去して、また、被告株式会社糧友社は本件建物(三)の二階から退去して、原告に対し、それぞれ、本件土地を明け渡すべき義務がある。

二  次に建物賃貸借契約解除による賃貸借終了に基く建物明渡等の請求について判断する。

(一)  森谷テルは、さきに、昭和三七年四月九日、同人所有の本件建物(二)を期間の定めなく被告中田長夫に賃貸したが、原告が昭和四一年八月三〇日右建物を森谷テルから譲り受けたので、原告においてその賃貸人たる地位を承継したことは、当事者間に争いがない。

(二)  ところで、原告は、「被告中田長夫は、昭和四一年一〇月一日、原告に無断で本件建物(二)を被告高千穂株式会社に転貸した。」との事実を主張するが、原告の右主張事実を認めるに足る証拠はないから、右主張事実を前提とする原告の契約解除の主張は理由がない。(≪証拠判断省略≫)

(二)  次に、原告は、(1)被告中田長夫が本件土地上に本件建物を建築所有していることによって本件土地を不法に占有していること、(2)被告中田長夫の昭和四一年一〇月一日以降における賃料不払の事実を理由として、本件建物(二)の賃貸借契約につき、被告中田長夫には信義則違背ないし信頼関係破壊の所為があるので、右契約を解除する、と主張する。

(1)  なるほど、被告中田長夫は本件建物(二)にあわせて本件土地をも賃借したものである、との被告らの主張が認められないことは、前叙のとおりである。しかし、≪証拠省略≫を総合すれば、本件土地は本件建物(二)の裏手にある空地であるが、被告中田は昭和三七年七月頃本件土地上に本件建物(三)を建築所有し、森谷側もおそくとも、昭和三七年八月頃以降は右の事実を知っていたこと、ところが、森谷側は、昭和四一年八月本件土地建物を原告に譲渡するまで、被告中田から本件建物(二)の賃料を受領しており、森谷テルは、本件建物(二)自体の賃貸借については、被告中田の本件建物(三)建築を理由に契約解除の意思表示をした事実のなかったことが認められる。

(2)  また、≪証拠省略≫によれば、被告中田は、原告が本件土地建物の所有権を取得した昭和四一年八月頃、原告に対し、本件建物(二)及び本件土地についての賃借の承認と右の趣旨の賃料の受領とを申し出たが、本件土地の不法占有を理由に拒絶され、爾後、右の趣旨の賃料としては受領されないことが明らかなので、昭和四二年四月八日に昭和四一年一〇月から昭和四二年三月までの分の本件建物(二)及び本件土地の賃料として合計金九万円、昭和四二年一二月一三日に昭和四一年九月分並びに昭和四二年四月から同年一二月までの分の同趣旨の賃料として合計金一五万円をそれぞれ東京法務局に供託したこと、その間、原告から、被告中田に対し、本件土地を買い取ってくれるか等の示談の申入があったりしたので、被告中田は必ずしも毎月供託することをしなかったことが認められる。

(3)  以上認定の各事実を彼此勘案すれば、森谷側としては、被告中田に本件土地を賃貸したことはないが、本件建物(二)賃貸借終了の際に本件建物(三)を収去してくれればよいとして(証人森谷佳代子の証言には、これをうかがわせるものがある。)、結果的には本件建物(三)の建築を黙認していたのではないかと解せられるふしがあるし(しかし、このことと本件土地の現在の所有者である原告に対する対抗問題とは別論で、結局において被告らが本件土地の占有を原告に対抗し得ないことは、前説示のとおりである。)、賃料の支払の点にしても、被告中田の方で支払う意思がないというわけではなく、原告が賃貸人になってから、賃料の趣旨についての両者の見解の相違があらわになったため、原告に受領して貰えず、供託したというのであり、しかも、その間、示談の申出もあったことであるから、毎月供託しなかったからといって必ずしも原告の主張するが如く信義則に違背するものと解せられない。

これを要するに、以上認定の如き事情のもとでは、すくなくとも、本件建物(二)の賃貸借契約自体については、信義則違背ないし信頼関係破壊とまではいえないものと解するのを相当とするので、これを理由とする原告の契約解除の主張は失当である。

(三)  従って、本件建物(二)についての賃貸借契約解除による賃貸借終了に基く建物明渡等の原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

三  よって、原告の本訴請求は、右認定の限度で正当として認容し、その余を失当として棄却することとし、なお、仮執行宣言の申立は相当でないから却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 関口文吉)

〈以下省略〉

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